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ヒーリングルーム 

2014年より、ヒーリングルーム「サイレントパス」をスタートいたしました。

機会がありましたら、こちらのサイトにお立ち寄り頂けますと幸いです。

◆ ヒーリングルーム「サイレントパス」

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私たちは誰もが輝くためにこの世に生まれてきた 

「私たちがもっとも恐れていることは、

 自分の力のなさではありません。

 私たちがもっとも恐れているのは、

 自分にはかりしれないほどの力があるということなのです。

 
 私たちをもっとも怯えさせるのは、

 私たちの闇ではなく、私たちの光なのです。

 私たちは自問自答します。

 『自分が、卓越して優れ、魅力に溢れ、

  才能があり、すばらしい、なんてことがあるだろうか?!』

 でも、そうでなかったとしたらあなたは一体何者なのでしょうか。

 
 あなたは、神の子なのです。

 あなたが、取るに足らない者として自分を粗末にしていることは、

 この世界のためにはなりません。

 周りの人が不安がらないように縮こまっていることは、

 なんのためにもならないのです。

 
 私たちは、だれもが輝くためにこの世にいるのです。

 子供たちのように

 私たちは、内なる神の栄光を顕現するために

 生まれてきたのです。

 それは、一部の人にしかないものではありません。

 だれの中にでもあるのです。


 そして、私たちが自分に輝くことを許すとき、

 意識していなくても

 それが他の人たちを、同じように輝くことを

 許しているのです。


 私たちが自分の恐れから自由になるとき、

 私たちの存在そのものが、

 おのずと他の人々をも自由にするのです。」



ネルソン・マンデラが40年の投獄生活後の講演会で朗読した言葉です。

(”Return to Love" by Marianne Williamson, 1992 より)


ほんとうに人を愛することは、まず自分を愛することから始まる。

言い尽くされた言葉ですが、

自分を大切に、自分の存在を心から祝福して生きること以上に、

人がこの世界に差し出せる大きな業などないのかもしれません。

癒しは、まず自分から始まります。

ほんとうに自分に輝くことを許したとき、

自分の周りの人の輝きが、ほんとうに見えるようになる。

それは、エゴではない、ほんとうの輝きになる。

そんな気がします。


だれもが、癒されるに値する、かけがえのない輝きをもって、

この世にやってきたのですから。


感謝をこめて・・・


祈り 

3月11日金曜日、日本を観測史上最大の地震が襲いました。

仕事場にいたときは何が何だかわかりませんでしがが、
夜になると、駅は人で溢れ、車の陰さえないタクシー乗り場、
少ない公衆電話には長蛇の列でした。

何とか5時間近くかけて帰宅したものの、そのあとニュースでみる映像に愕然としました。

この地震で、大切なご家族やご友人を亡くされた方も多くいらっしゃることと思います。
心からの哀悼の気持ちとともに、皆様の安全と守護を祈ってやみません。

日本と言う国が、私たちが、
この困難を必ず乗り切れる強さと智恵を与えられているのだと心から信じ、
亡くなられた方々、負傷された方々、家をなくされた方々、
困難な避難生活の中にあるかたがたに、心からの祈りをささげながら、
今日一日を過ごしています。


地震のニュースが伝わるともに、
ジェフリーさん、アンジェラ先生をはじめ、イギリスでお世話になった先生方、
様々な国の友人たちから、つぎつぎと安否を気遣うメール、電話をいただきました。

それぞれの方が、
「私たちのヒーリングの祈りと守護の願いが、あなた方とともにあることを忘れないで」
という思いを寄せてくださいました。
ここに、その思いを、伝えさせていただきたきたく思います。

祈りの持つ力、想いの持つ力を、そして私たち自身の中にある
限りない強さと力を心から信じて、
一日一日を、今できることから始め、過ごしていきたいと思います。

沢山の祈りをこめて。




Just walk with me... 

先日、スタンステッド(アーサー・フィンドレイ・カレッジ)に行った最初のころの古い紙片を、ノートの間から見つけました。


スタンステッドのような場所で、朝から晩まで様々な訓練をしていると、自分のセンシティビティの感度が全開状態になるとともに、予期せぬ感情の波や、様々なエネルギーを感じ取り始め、授業にでることさえ辛くなったり、ダイニングで人と並んで食事を取るのが困難に感じられることも何度も経験しました。
夜は夜で、様々なエネルギー・ワークが行われている場所のせいもあるのでしょうか。
どんなに慣れても「熟睡」するということができませんでした。

夜、眠れないときは、潔く眠ることを諦め、こっそりと古いスタンステッドホールの館の中を歩き回ったこともありました。
夜の当直ポーター(守衛)さんの裁量にもよりましたが、運がよいと、アーサー・フィンドレイ氏ご本人が多くの著作を執筆され、またほとんどの時間を過ごされたというライブラリー(書斎)が開いていることもあり、そこに座るのが大好きでした。
その部屋にこっそりと忍び込んで、古い本の所蔵された本棚の前に椅子を持ち出して座っていると、時間を飛び越え古の賢人たちが書の中に残したエネルギーとじかに触れることができるような気がしました。

ある日のこと、私がまた眠れずに階下に下りると、残念ながらライブラリーのドアは鍵が掛けられていました。
廊下を通って部屋に戻るときに、一度シッティングで入ったことのある、ブルー・ルーム(青い部屋)と呼ばれる部屋の前を通りました。

ドアを開けてみると、自分のコースではなかったのですが、その週に幾度かカレッジ内でお見かけした、白髪の上品な老婦人が静かに座っていらっしゃいました。
「すみません」といってドアを閉めようとるすと、老婦人は「いらっしゃい」というように手招きされました。

「あなたを、何度か見たわ」といいながら、何故私がこんな遠くまでやってきたのか、どうやってこの場所を見つけたのかなどをお尋ねになりながら、たわいもないお話をしていたとき、守衛のポーターさんが見回りにやってきました。

ライブラリーの鍵も掛けていたくらいですから、今日の守衛さんは厳しいのだろうな・・と思い
「すぐ出ます・・・」といったところ、老婦人は
「その必要は、ないわよね」と笑って仰いました。

守衛さんは「ちょっと待っててください。」と言って姿を消したかと思うと、暫くすると、なんと立派なトレーに背の高いティーポットと紅茶のカップ、それにビスケットを持って現れました。
カレッジの食堂では見たことのない、立派なティーポットでした。
「まさか断らないでしょう?」といいながら、守衛さんはそのトレーをテーブルの上において、ニコニコして出て行かれました。

老婦人は「私たち、ラッキーね」と子供のように嬉しがりながら、お茶を注いでくださいました。
それから、暫くお茶を楽しんだ後、老婦人は、部屋を見回し、
アーサー・フィンドレイ氏の肖像画を見上げて、
「きっと、アーファー・フィンドレイからの、トリート(もてなし)ね。」と楽しそうに笑われました。

別れ際に、
「この前散歩をしていて、公園のプレートにこんな言葉をみつけたの。
何だか、あなたにあげなきゃいけない気がするわ。」と言って、
小さな紙片に、数行の言葉を書いてくださいました。


   "Don't walk too fast ahead of me,

   as I may not see your face.

   Don't walk too slow behind me,

   as I may lose you.

   But, just walk with me. "



(私の先を、早く歩きすぎないで下さい。

   あなたの顔がみえないから。

 私の後ろを、ゆっくりと離れすぎて歩かないでください。

   あなたを見失ってしまうかもしれないから。

 ただ、私とともに歩いてください。)


一人で歩くしかない道。

けれど、その道を歩むなかで、
かけがえのない友や仲間に出会うことができる祝福が
どれほどの大きな宝ものなのか。

老婦人が下さった紙片に込められた思いに、改めて気がつきました。

出会った方々に、心からの感謝を込めて。

そして、その歩まれる道に、多くの祝福がありますように。

gateway



Can't you hear me calling? 

この週末、知人の命日と甥の誕生日が重なっていた同じ日に、遠い異国で、友人夫妻に子供が生まれたという知らせを受けました。
この世とあの世の近さ、そして巡る命や時間の不思議さを思いました。

スタンステッドで、かつて先生が執り行われたという葬儀に、ある少女が読んだという詩を開き読み返しました。
少女がこの詩を実際に書いたのは13歳のとき。
そのとき、特に彼女の身の回りに死があったわけでもなく、誰かを見送ったわけでもないといいます。
13歳の多感な少女の空想の詩、で片付けるにはあまりに多くの真実を美しく綴っています。
少女が実際の祖父の死を、身内の初めての死として経験するのは、この詩を書いてから9年後だったといいます。


"Can't you hear me calling?"

Can’t you hear me calling your name upon the breeze?
Can’t you feel me watching
As you pray they’re on your knees?
Can’t you sense the lightness,
As now my pain is ceased?
Can’t you see the brightness
My true soul is released.
Can’t you hear me praying
That we shall meet again?
Can’t you feel the moisture
As my tears touch you as rain?

Can’t you sense my happiness
Reaching out to you in rays?
Can’t you see our memories
Of oh such happy days?
Can’t you smell the freshness
As each new day begins?
Can’t you forget anger,
Pain, anguish and my sins?
Can’t you let go now
And my soul be free?
As when we meet again my friend
My happiness you will see.

So, can’t you hear me calling
Your name upon the breeze?

(Written by Gemma Coghe when aged 13)




 『聞こえないかしら?』


風に乗って私が貴方の名前を呼んでいるのが、聞こえないかしら?

あなたが跪いて祈っているのを私が見つめているのを感じないかしら?

私の痛みが去り、こんなにも軽やかな気持ちなのを、貴方は感じないかしら?

私の魂が解き放たれ、こんなにも明るい気持ちでいるのが、わからないかしら?

私たちが再び会えるようにと私が祈っているのが、貴方には聞こえないかしら?

私の涙が雨となって貴方を濡らすのを、貴方は感じないかしら?


光になって、私が貴方に触れるときの幸せを、貴方は感じないかしら?

あの私たちの幸せな頃の思い出を、貴方は見てはいないのかしら?

新しい一日が始まる新鮮な匂いを、貴方は感じないのかしら?

怒りや、痛みや、苦しみ、そして私の罪を、貴方は忘れることはできないかしら?

もう手放して、そして私の魂を自由に行かせてくれないかしら?

私たちが再び出会うとき、友よ、貴方は私の幸せをわかってくれるでしょう。


だから。この風に乗って、私が貴方の名前を呼ぶのが聞こえないかしら?


(ジェマという少女が13歳のときにインスピレーションにより書いた詩)



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